静寂をまもる忍耐

クレヨン牧師のミニエッセイ
『静寂をまもる忍耐』
 ジュ-クボックスが流行した時代がありました。お金を入れると、二曲自分の好きな曲が聞けました。あの頃は騒音公害といわれもせず楽しまれていましたが、最近ではいろんな騒音に悩まされている方も多いそうです。音を出している自分は気持よくても、聞くという立場では我慢できないこともあります。アメリカのジュ-クボックスには、何百という曲目ボタンのほかに、「Silence 」(沈黙)というボタンがあるそうです。一曲分の静寂が買えるというわけです。最近、静寂を持ったことがありますか。私たちは人工的な音から離れることが出来ないことに気づきます。たとえば、どこへいっても車の音がする。時計の音もする。冷蔵庫もします。そんな中で静寂をもつことは忍耐のいることかもしれません。
 
 考えてみると、静寂は神様の与えられた恵みではないでしょうか。神様とゆっくり対話できるチャンスなのです。イエス様も静寂を求めておられます(ルカ5:16)。
 
 受難節の一日、ひとときの静寂を十字架の語ることに耳を傾け、全身を集中したいものです。    

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