おせっかい

クレヨン牧師のミニエッセイ

『おっせかい』

 次女も一歳になりました。家では「おせっかい」といわれるくらいに、人に何かをするのが好きみたいです。先日のこと、朝六時にひょっこり一人で起きて、なにやらトコトコと歩いて寝室を出ていきました。黙って様子を伺っていると、台所の方でコソコソ音がしています。皆さんはお分かりでしょう。静かにしている時には、なにか悪い(親はそう思うのですが)ことをしているものです。暫く好きなようにさせていますと、またトコトコと歩いてもどってくる音が聞こえました。そして寝室に現われた姿を見て大笑いです。両手と口にアンパンをもっていたのでした。
 
  それからが大変です。みんなを起こして「食べろ」とばかりに口にもってくるのです。おなかが減っているのなら、自分一人で食べればいいのですが、みんなも同じ様におなかが減っていると思ったのでしょう。
 
  「おせっかい」もたまにはいいですが、度々では疲れてきます。「私は命のパン」と言われるイエス様は、みんなにおせっかいで言われるわけではなく、「苦しみ、悩む人のパン」といわれたのでしょう。食べる、食べないは自由。

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