2018年3月30日金曜日

聖金曜日

鹿児島ルター君の朝のみ言葉


「聖金曜日・苦しみを知って」

ヨハネ 1930 成し遂げられた

ルカ 2346 父よ、私の霊を御手にゆだねます。

十字架上の7つのみ言葉の第6,7は「成し遂げられた」「私の霊を御手にゆだねます」というものです

 イエス様の命の最後の表現は「息を引き取られた」とあります。私たちもよくこの言葉を聞きます。しかしこれは興味深い言葉です。「引き取られた」ということですから、誰かが「引き取って」くださったのです。聖書では「息」は「霊」を表現することもありますから、イエスの霊を、父なる神様が引き取られたのです。ここに素晴らしい応答を見ることができます。イエス様は「委ねます」と言われ、神様はそれを「引き取られた」。ここに十字架の大きな意味があり、このことはすべて神様のみ心であったのです。

 昨日まで、春の全国ティーンズキャンプが阿蘇で行われていました。今回はイエス様の生涯を生ぶがテーマでした。2日目の夜のプログラムでは「パッション」をみて、十字架の苦しみを体験する企画を考えました。茨の冠に触れたり、十字架の横木を担いだり。また十字架の木に釘打ちをしました。このプログラムは1時間半ありましたが、すべて沈黙のままで行われたのです。真剣に十字架に向き合う姿をみることができました。最終のまとめの日に感想を言う時間がありましたが、中高生の中から「イエス様の十字架の苦しみに少しふれることができ、遠い存在だったイエス様を身近にかんじることができた」という言葉を聞きました。十字架の死の苦しみを心に刻むことで、イエス・キリストが近い存在になった。神様の一方的な愛を受け取る瞬間があったのだと思います。

 十字架野上での最後言葉「委ねます」「引き取られた」の中に、イエス様の従順と神様の愛をみることができます。私たちは最後にはすべてを神様に委ねなければなりません。救いが完成した聖金曜日、あの十字架の出来事は何であったかを思い、すべてを神様に委ねていく生き方をしていきたいものです。