2018年4月17日火曜日

「やっつけ仕事でも」

クレヨン牧師のミニエッセイ

「やっつけ仕事でも」
 
 感謝すべきことに、小泉潤牧師(京都)・江藤直純牧師(ルーテル学院大)と一緒に編集した「全国聖書日課」が大変好評です。すでに売り切れになったという知らせがきました。執筆者に一週間で書いて下さいと、やや無謀なことを言って作成したのですが、内容的にはいいものができたとの感想をいただいています。
 
 「今回もまたやっつけ仕事だったね」と、執筆者のある牧師が感想を述べられましたが、私などは反対に、時間がなかったという緊迫感が聖霊の力を生んだのだと思う位です。若い牧師たちの日課を読めば、その先生のとっておきの話が書かれてありました。切羽つまっている時の苦肉の策のような笑みがこぼれます。
 
 与えられた仕事wp「やっつけ」でしなければならないことも多いものです。むしろ私たちの日々の生活も「やっつけ」でしかないのかもしれません。しかし、与えられた仕事を時間がなくても、これ以上はできないという緊迫感のなかで出来たとすれば、それは「やっつけ仕事」ではなく、その人の存在がそこにある仕事となるのだと思います。ようするに、気持ちの持ち方だといえます。祈りましょう。せめて祈りだけはやっつけにならないように。